他者レイキヒーリングを行って気づいた

昨日、2018年2月1日に嫁と娘にレイキヒーリングを行いました。その時の気づきについて。

私は、2017年10月8日に現代霊気法基礎研修過程を終了し、霊気マスターとなりました。それから、日常的にレイキを取り入れ、実践しています。

そもそも、レイキを学ぼうと思ったのは、ただの好奇心w

目に見えない世界やエネルギーにとても興味があり、エネルギーヒーラーのキムインスに相談したら、「レイキ」を学んだら?と紹介されたのがはじまり。

そもそも、「レイキ」って言葉自体初めて聞いたよ。そして、何だよ?w

紹介された時は、よく頭では理解できなかったけど、まあやってみるかということで、鹿児島で現代霊気スクールを開校されている、木の丸庵の丸野さんに直接コンタクトをとり、学び始めました。

レイキの学びについては、次回に譲るとして(今は書きたくないw)、今回はレイキヒーリングを行って気づいたこと。

嫁と娘が2日前から体調が悪く、2日間、遠隔ヒーリングも含めレイキヒーリングを行いました。

レイキヒーリングは、簡単に言うと、自分がエネルギーとつながり、自分を通路としてそのエネルギーを他者へ伝える感じ。つまり、何が言いたいかというと、念を使って他者を癒すことではないということ。その人を癒そう、治そうとして、自分の念を込めてやるのではなく、自然にあるエネルギーを自分を通して、その人に届けてあげる感じ。だから、レイキヒーリングを行うと、ヒーラーも癒される。まあ、これだからレイキヒーリングはやめられないんだけどね。だって、「レイキやって」って言われると、うれしくなって、やっちゃう。だって、自分も癒されるんだもんw

で、2日間レイキヒーリングを行って何に気づいたかというと、念を使っちゃうということw

レイキは、結果を手放し、たんたんとレイキを送る。念を込めると、自分が疲れるし、調和を邪魔しちゃう。だけど、目の前で、嫁や娘が苦しそうにしていると、何とかしてあげようと念を込めてしまうわけだ。

これが悪いわけではないのだが、そこには結果を手放せていない自分がいるということ。何かを達成しよう。何かを成し遂げようとする自分。今の感覚だと、それを手放していった先に、本当の自分が経験したいことがある感じ。まだ、思考で何とかしよう、何とかしようとがんばっているうちは、それが経験としてあらわれてこない。

100%の自分で世界と関わるには、それすら手放す。私はそうやって、生きていきたい。