禁煙するときの意識の持ち方

2018年2月23日から禁煙をはじめた。今日で5日目。この先、喫煙が習慣として戻ることはなさそうなので、綴りたいと思う。

「禁煙をはじめた」と記載したが、私的には「終わっていった」というのがしっくりくる。何が言いたいかと言うと、タバコが体に悪いから強制的に止めようと思って止めたわけではないということ。実は、これが5日目だが禁煙できていると私が感じている一番のポイントなのです。「タバコを吸うことが悪いから止める」という意識じゃないということ。

2月22日は、久しぶりに天文館で外食した。その時はいつものように、お酒をいただきながらタバコも嗜んでいた。ちょうど食事が終わったときに、タバコがなくなり、いつもだったらコンビニでタバコを買って帰宅するところを、購入せずに帰宅し、そのまま吸わないでここまでたった。

もちろん、突然タバコを吸わなくなったわけではなく、振り返ってみると、昨年の流れから、このタバコを吸うという経験が終わっていくというプロセスが始まっていた感じ。意識しはじめたのは、今年の2月の上旬ごろから。

ふと気づいた。これは、タバコを吸うために吸ってるんじゃないんだなとw この気づきがタバコを吸うという経験が終わっていくのに大きかったと感じる。私は、一人になるため。そして、リフレッシュするためにタバコを吸っていると気づいたのだ。で、これに気づいたとき、タバコを吸ってもいいし吸わなくてもいいという選択肢がはじめて私の中に現れはじめたのです。選択肢が現れるということは、選択できるということ。そこで、日々吸わないという選択をしているという感じ。

それまでは、吸ってもいいし吸わなくてもいいという選択肢は私にはなかった。タバコは吸うものだったし、吸わなければならないものだった。そう。習慣なので自分で決定していたのだが、そのループがあたりまえになり、選択肢があることが、自分の中では「ない」ことになっていた。

で、この選択肢が現れると「選ぶ」ことができる。なので、今でもそうだが、タバコを吸ってもいいし、吸わなくてもいいのだ。ただ、今は自分で吸わないということを選択している。吸う必要を感じていないし、吸わないメリットを多く享受しているからだ。

人に禁煙はじめたというとだいたい、「イライラしない?」とか言われる。たぶん、「イライラ」する人は、タバコを吸うのが悪で、だから止めるという意識でタバコを吸うことを中止しているからイライラする。抑圧しているから。私の場合、抑圧ではなく、常に選択しているから「イライラしない」のである。なので、吸いたくなるというよりも、「記憶がけしかけてくる」という感じ。「そろそろタバコを吸う時間ですよ~」と。誰かが吸っていると、「あなたも吸わなくていいの?」みたいな感じで記憶が教えてくれるw で、その時に常に選択し続けるのだ。「吸ったらダメ」ではなくて「吸っても吸わなくてもいいけど、どうする?」みたいな。そうすると、「今は、まあいいかな」みたいな感じになる。それが5日間続いているのだ。

タバコを吸うという人生もありだが、タバコを吸わないという人生もありだと感じている。