後継者として生きるか?下堂薗元として生きるか?自分100%で生きることを試されるときが来た。というか、いつも試されてるけどね

2018年4月1日に鹿児島中央製茶株式会社の代表取締役になることが内定した。いよいよ来たか~っ、という感じ。

これまで、良い後継者、経営者にならなければならないと思い、生きてきたと今は自覚している。朝、目を覚ますと父はすでに家にいなくて、夜はいつ帰って来たのかわからない。祖母からは、あなたは下堂園の跡継ぎなんだからと、毎日念仏のように唱えられていた。家の前には、創業の地であるお店があり、スタッフの方々はみんな友達。たまに父に連れられて本社に遊びに行ったのがとてもうれしかったのを憶えている。そんな父の背中を感じ、周囲の環境からも、自分は無意識のうちに後継者になるんだと、自分で信じていた。

父と私

父は、高校を卒業するまで、一度も会社を後継することに関して話をしたことがなかった。さすがに、私が就職活動をするようになると、後継することをちらつかせはじめた感じだった。

鹿児島中央製茶株式会社は、株式会社下堂園の子会社にあたり、事業内容は両社とも一緒。市場からお茶を買い付け、お茶を加工し、販売する。

中央製茶は、後継者がいたのだが、若くして亡くなられたらしく、創業以来ずっと創業者が経営をされてきた会社である。その会社を、数年前に創業者の高齢と後継者問題から、株式会社下堂園が引き継いだという感じ。

そこの、三代目代表取締役となることになった。

グルグルな下堂薗元

最近までは、そのこと自体が、私の中でグルグルグルグル動いている感じだった。違和感というか、反応というか。避けて、逃げてしまいたいと思っていたことが、やってくる感じだろうか。それぐらいに、私にとっては、「後継する」ということは、「自分の存在価値」と直結すると思い込んできたことなのだ。

「下堂薗元が生まれてきたのは、会社を継ぐためである。」そう自分に刷り込んで38年間生きてきた私にとっては、一大事である。

ただ、まあ、如何に、下堂薗元として生きるかだな~。という自分もいる。自分で作り込み、自分で刷り込んできた記憶に翻弄されることなく、如何に生きるか、つまり経営するか。

反応している自分を持ちつつ、粛々と生き、ただ存在する。今は、それが経営になるのではないかという予感がある。