経営を思考で「考える」ときの注意点

3月10日に鹿児島中央製茶の代表取締役に就任するにあたり、全社でのミィーティングを計画している。

そのミィーティングに向けて、どんなことを話そう?とか、何を伝えよう?みたいなことを「考え」はじめるのだ。自分の中のものや、自分自身、そして会社をどうしたいと思っているか、みたいなことを理解してもらおうと、思考を使い言語化しはじめる。で、しまいにはどうやったら伝わるか?を考えはじめる。

ということに気づいた瞬間、考えるのをやめた(笑)

もちろん、表面的に伝えるには言語化するのは有効な手段であるし、思考的に理解してもらうおうとするには、必要なのかもしれない。会社の存在理由や戦略など、現実に体現しようとすると思考で考え、行動していくことが必要なのは理解している。

ただ、それをやろうとしている私の内側に何があるかと言うと、「理解して欲しい」「私の存在を知って欲しい」「私が価値ある存在だと認めて欲しい」みたいな感じがあるのだ。

これを証明するためというか、補うためというか、そのために、いわゆる方針というものを「考え」、言語化して伝えようとしている、ことに気づいた。つまり、自分じゃない、自分を装おうとしていることに気づいた。

だから、「考える」ことをやめました。そのかわり、当日おいしいお菓子とお弁当、そして私が好きな珈琲を準備してもらうことにしました。お茶屋だけど、いいじゃない。そして、あとは当日に、当日の流れに任せることに。

思考で何かを考えるときに、その起点がどこにあるのかに敏感になる。どの位置からそれを「考え」ようとしているのか。

まあ、未来創ろうとしても、未来は創れない感じだなと。今ある感じは、今ある感じで大切にしつつ、当日起こることを大切に、場を紡いでいこうと。

経験をさせてもらってます。この、内側で何かが反応している感じ、うごめいている感じが、自分へのメッセージだと。その反応が起こる経験をさせてもらっていると。一つ一つ自分を完了させることを願い、完了させることに執着しない。

今を生きよう。自分に還ろう。