過去の記憶の罪悪感と自己嫌悪感との付き合い方

3月13日~17日まで、クラブメッド北海道サホロに滞在するために、ひさしぶりにとかち帯広空港に降り立った。

帯広での経験と内側の葛藤

約10年前。私は、ここ帯広で会社を経営していた。会社名は丸二藤製茶株式会社。北海道ではもちろんお茶は生産されていないので、鹿児島や静岡からお茶を買い付け、それを十勝管内で販売することを商いとしてた。

代表取締役に就任したのが26歳。社員さんは42歳~58歳で10名。私は1年6か月代表取締役を務め、その後、代表清算人として丸二藤製茶を清算し、営業を譲渡した経験を持つ。社員さんも全員引き継いでもらった。また、その1年6か月の間に、甲状腺に悪性の腫瘍が発見され、甲状腺腫を患い甲状腺を全摘出するという経験もさせていただいた。

この経験には、当時完璧に打ちのめされた。プライドも、自信も、経営者として、人として、すべてが崩れ去り、ボロボロになり、人に合わず、引きこもり、嘆いた。自分の不運を、能力のなさを、ふがいなさを。

経営者を志し、会社を立て直すことを夢見て、若さと勢いだけで取り組んだのだが。

サホロリゾートのゲレンデ

罪悪感も自己嫌悪感も否定せず、無視せず、抑圧せず、ただその感覚とともにいる

とかち帯広空港からクラブメッド北海道サホロまでは、車で80分くらいかかる。その間、この過去の記憶が呼び覚まされた。社員さんの顔や、取引先、出来事、北海道の素晴らしい景色、食べたもの、住んでいた場所。さまざまなことが思い出された。その記憶とともに、罪悪感とも自己嫌悪感ともいえる、みょうな感覚が自分の内側で沸き起こり、渦巻いた。

当時のことを自分の失敗だと感じ、汚点だと感じ、当時の人からどう思われているだろうと考える、そんな弱々しく、みじめだと感じる自分が確かに自分の中に、まだいる。

必要な経験だったと、心から肚から言えない自分がいる。もちろん、思考では言えるのだが。

まあ、いつかこれも完了する日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。そんな自分と、不快な自分と、嫌な自分とどこまでも行こう。この不快な感じと、なんとも言えないザラザラした感覚と、どこまでも。

あれはあれでよかったんだと、心から言える日まで。