人材育成、組織開発という名の暴力

人財育成や組織開発を否定しているという記事ではありませんw 自戒も込め、今の気づきを綴ってみました。

私は、2010年に株式会社下堂園の後継者として、鹿児島に戻ってきました。後継者として戻ってきているので、良い会社をつくりたいと思うのは自然な流れでした。

なので以前の記事にも書いたように、外の研修で学んだことを活用して、さまざまな改革をスタートさせました。以前の記事はこちら。

人材育成制度を取り入れたり、それまでのマネジメントシステムを改善したり。当たり前の話ですが、うまくいくもののあれば、うまくいかないものもありました。ただ、その改善プロセスが、現在もうまく機能しているかというと、よくわかりませんw

会社とは、時代に合わせて変化していくのが常です。いかに天才経営者の松下幸之助さんであったとしても、今の時代に電球を売っていては会社がうまくいかなくなることは明確です。なので、その時代に合わせた商品やサービスを開発して、販売しているというのは、会社としてごく自然流れ。

なので、会社を改革するんだ!と息巻いていたころの私は、今の商品ではだめだ。常に人として成長し続け、すばらしい商品を開発し、お客様を喜ばせるだ!とがんばっていました。

もちろん、この考え方が良いとか、悪いとかではなく、当たり前だと思い、改革を推進していました。

しかし、自分が想像していたようには進みませんでした。

がんばっている下堂薗元

今、振り返ってみると、自分が想像していたより改革が進まなかった理由が見えてきます。

私は、会社を良くするために、人材育成や組織開発を行ってきました。私は、私がやっていることは、常に正しいと思っていました。「だって、新しい商品を作らないとお客様は喜ばないし、何よりそれを作る我々が成長しないと、より良いサービスも提供できない」とw

そう。こう声高に叫んでいる私は、私が「善」で、周りは「悪」だったのですw 自分が正しくて、周りは間違っていると。

こんな位置から会社と関わっていると、そりゃ進んでいくものも、進んで行かないw

だって周りの人たちは、みんな「悪」で「間違っている」という無意識のメッセージを受け取っているのだから。そりゃ抵抗するよね。必死に体に力を入れて。人に押されたら力をいれて踏ん張るように。もう、あとは逃げるしかないw そう。まるで、「会社をよくするための人財育成と組織開発」という旗印のもと、周りは暴力を振るわれている感じwww ちょっと極端な表現かなw

自分の中に「正しい」を立ち上げているときは、必ずどこかに「正しくない」が立ち上がっている。これがやっかいなのは、「正しい」と思ってやっている本人は、自分の無意識の「正しくない」が周りを裁いていることに気づかないところw もっというと、そうやって自分を裁いてる。

私は「正しい」という領域からしか世界と関わっていなかったから、世界に広がる半分の可能性しか見ていなかったということ。

だから、うまくいかなくなると、がんばんなきゃ、がんばんなきゃといって、さらにアクセルを踏む。どう踏むかというと、より「これは正しい」が強化されるw そして、自分の考え方に固執する。そのうちどうなるか。疲れるw

いや~っ、おれ、がんばってたね~w これこそ、がんばれば、がんばるほど負のループに入り込む。魔法の言葉は、「もっとがんばんなきゃ」w

別に、がんばることが悪いと言っているわけではない。がんばろうとしてアクセルを踏もうとしている、その意図はなんですか?という話。あなたは何のためにがんばろうとしているのですか?自分の正しさを証明するため?価値ある存在だと気づいてほしい?まあ、別に悪いわけじゃないんだけど。

まずは、やってもやらなくてもどっちでもいい。ぐらいの感じで世界と関わらないと。そうしないと可能性が表れてこない。自分の正しさや善悪で世界を見ている限り、新たな可能性が見えないと思うんだよね。

自分のみたいように世界を観るのか?ありのままの世界を観るのか?

まあ、どっちでもいいけどw

真実を生きよう。そして、自分に還ろう。